一筆入魂

フリーライター/編集者 山下久猛のブログ

2016
08/27
仕事人インタビュー

【エール vol.5】神奈川県立田奈高等学校 キャリア支援センター 事務局長 金澤信之さんインタビュー

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関わった生徒は全員幸せになってほしい。 
そのためにできる限りのことがしたいんです。

神奈川県立田奈高等学校 キャリア支援センター
事務局長 金澤信之さん


子どもの貧困が16%を越え、ひとり親世帯の貧困は50%を越えた。子どもたちは様々な困難を抱える時代となった。このような時代にあって、子どもたちを学力試験なしで受け入れ、卒業、就職につなげるためにさまざまな支援教育を行っているのが神奈川県立田奈高校である。その中心人物であるキャリア支援センター事務局長の金澤信之先生に、長年携わってきた子どもの社会的自立のための支援活動について語っていただいた。

■プロフィール
かなざわ・のぶゆき
1956年神奈川生まれ。県立高校国語科教諭として30年以上勤務。現任校は5校目。田奈高校教諭として、外部人材と外部資源を校内に取り入れるなどの新たなキャリア支援の仕組み作りと運営を担当。また、(財)神奈川県高校教育会館教育研究所の所員として高校教育研究に携わる。これまでに、高校入試、教育現場の非正規雇用などについてのレポートを同研究所所誌「ねざす」に発表。


クリエイティブスクールとは

──田奈高校は神奈川県内の中でも数少ないクリエイティブスクールということですが、クリエイティブスクールとはどういう学校なのですか?

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 学力検査と中学校の五段階評定を使わずに、面接、観点別評価、特色検査などで入学者選抜を実施している全日制の高校です。中学校までにさまざまな理由で持てる力を十分に発揮しきれなかった生徒を積極的に受け入れ、さまざまな教育活動をとおして、これからの社会に出て生きていけるための教育をすることを目標にしています。

 ただ、何も特別な教育をしているというわけではなく、高校自体は他の県下の高校と同じく、極めてオーソドックスな高校として運営されています。日々の学習、部活動、学校行事など高校としてのベースとなる活動をしっかりと行った上で、キャリア教育、就職支援など、困難を抱えている生徒の自立を支援するためのさまざまな活動に取り組んでいるのです。

──困難を抱えているとはどのようなことですか?

 経済的に困窮している家庭の生徒と学力が低い生徒がいます。貧困と学力は相関関係があることはいろいろなデータを見れば明らかです。なかなか学校に来られない生徒も多い。私たち教師の目的はとにかく高校を卒業させること。高校を卒業してなかったら、社会で自立することは非常に難しいからです。今、ハローワークで日本全国で高卒の求人が30万件ほどありますが、中卒になると千数百件まで激減します。ほとんどないといっていい。ですので、とにかく貧困の連鎖を断ち切るためにまず最初にやらなければならないことは高校を卒業させること。このためにいろいろな取り組みをしているわけです。

ぴっかりカフェ

──具体的な取り組みは?

 毎週木曜日の放課後に図書室で「ぴっかりカフェ」を開いています。ここは生徒たちがお茶を飲んだりお菓子を食べたりしながら友だちとおしゃべりしたり、1人で漫画や本を読んだり、思い思いに過ごせる場所です。生徒たちにとっては教室や家だけではない、リラックスできる第3の居場所として機能しているようで、毎週たくさんの生徒が集まってきます。生徒間でいろんな話をしているのですが、そこに時々教職員やボランティアの大学生、実際に運営しているNPOの代表たちも混ざって楽しく話をしています。生徒がもらす何気ないひと言で、その生徒が抱える問題をいち早く察知、対応できるという利点もあります。その他にも地元の市議会議員や生徒のバイト先のお店の人、社会福祉協議会の職員などさまざまな大人が来てくれるんです。うちの生徒たちに一番欠けているのが社会関係資本。多様な大人との関係性が非常にとてもありがたいんです。

──なぜ多様な大人たちとの交流がそれほどありがたいのですか?

 生徒たちは中卒や高校を中退した友達・先輩の話を聞くことがよくあります。ともするとそのような経験を通して高校なんて卒業しなくても大丈夫だと考えるようになり、自立への道が遠のいてしまう場合があるのです。でもいろんな大人が話をしてくれることによって、これを司書さんは「文化的なシャワー」と名付けたんですが、これを浴びることによって多様な価値観が生まれる。高校を出た後のいろんな未来をイメージできるようになる。世の中にはこんなことをしている大人もいるのかと視野と可能性が広がる。よく開かれた学校づくりと言われていますが、本当の意味で学校を開くというのはこういうことなのかもしれない。そういう場所に成長してきたと少しずつ手応えを感じています。

田奈ゼミ

──学習支援としての取り組みは?

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田奈ゼミ」という、毎週、火、木曜の放課後、教室で1年生を対象に補習授業を開いています。「高1リスク」といって、1年生が中退のリスクが最も高いんですよ。中学から高校に入った瞬間に環境が変わって勉強が難しくなるから。そこに支援の手を入れるのがポイントですね。

 教えているのは主にNPOカタリバのボランティア大学生です。20人前後の生徒に対し、ほぼ同数のボランティアスタッフがつきっきりで勉強を教えていますが、人出が足りないときは教員も教えています。

──成果は?

 参加者の成績は総じて上がっています。中には頑張って勉強して100点を取れるようになった子もいます。そんなとき、ものすごくうれしそうな顔をするんですよね。これまで自己評価や自己肯定感がとても低い子たちが多いので、自信をつけさせるのもすごく重要なことなんです。本校には大学・短大に進学する子も40?50人くらいはいて、進学後も頑張っている子もいるんですよ。

 また、効果という意味では、「田奈ゼミ」は自由参加で、生徒たちの居場所になってるんです。最初から学習支援であると同時に居場所支援でもあるということを狙っていました。生徒たちは大学生のお兄さんお姉さんたちと、勉強だけじゃなくてテレビや恋愛の話などいろいろな話題で楽しそうに話しています。そこで生徒や先生の学校以外の関係性ができて、学校も楽しいなと思うようになる。つまり、生徒が学校に来たいと思わせるフックのような仕掛けが校内のいろんな場所に設置されているわけです。それら1つひとつが相互に関係することで生徒たちを学校につなぎとめているのだと思います。

対話を大事に

──生徒との接し方で気をつけていることは?

 とにかく生徒と対話することを大事にしています。課題がありそうな生徒には「朝起きたか?」とか「ご飯は食べたか?」とか「今どこにいるんだ?」とかしょっちゅう電話して様子を聞きます。そうすると生徒も徐々に心を開いてくれて、困っていることを話してくれるようになります。そこで初めて対策が打てるんです。

──やはり中退者も減っているのですか?

 かなり前から減少傾向にあります。ここ十数年で卒業者が最低の年は約240人中150人ほどでしたが、キャリア支援に限らず様々な取り組みを始めてから徐々に卒業者数は伸びて、今はコンスタントに200人を越えています。中退者の減少は本校教職員全員の努力の成果と言えるでしょう。

キャリア支援

──キャリア支援の取り組みについて教えてください。

 最後に残った課題がそのキャリア支援なんですよ。まず生徒を卒業させることが第一目標ですが、それはある程度達成できてきた。その先はちゃんと就職させること。

 生徒が就職ができなければ卒業後、社会と繋がれなくて、孤立してしまいます。だから就職させることは社会的な孤立から守るために最も重要で、そのために可能な限り我々が手を入れていかなければならないんです。

──とにかく就職させることが最も重要なのですね。

 定職に就いて安定的に収入を得て社会保険に入ることを1度でも生徒に経験させることがとても大事で、これこそがキャリア教育だと思いますね。1回でも正規雇用で働いた子は、次も正社員で頑張りたいと言うんですよ。逆にそういう経験を積ませないと、アルバイトの負のサイクルからなかなか抜け出せないんです。今までそういう子を何人も見てきました。

 そのために2011年前後から校内に「キャリア支援センター」を作って、外部の専門家にいろいろと協力してもらっています。

キャリアカウンセリング

──具体的にはどのようなことを?

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 これまでは、教師が中心となって就職の指導を実施してきましたが、キャリア支援センターが活動するようになって、外部の専門家に就労支援の中心となっていただくようになりました。校内ではスクールキャリアカウンセラーと呼んでいます。一昨年までは3学年が主な就労支援の対象でしたが、今年からは2年生のグループワークを始めました。100名の就職希望者を6、7名のグループにわけて1時間でグループワークをやってもらいます。その中で発言をチェックし、必要であると判断した子には個別面談をしています。

 カウンセラーの方にはこれまでの社会経験と専門的な知識があるので、企業の見立てが非常にうまく、生徒にこの企業なら君に合うんじゃないかという具体的な提案ができるんですね。

──キャリアカウンセリングを行う上でのポイントは?

 キャリアカウンセリングは単発的に行っているだけでは生徒が希望する就職は難しいので、その子の立場に立って、その子の言ってることに耳を傾けながら、その子ができそうな仕事を提案していくという、いわゆる伴走型、寄り添い型のキャリアカウンセリングを行っています。この子どもと一緒に走る伴走型支援が日本の若者支援で一番欠けているものです。

 課題を抱えている子はスクールキャリアカウンセラーが面接に同行することもあります。指定された日時に会社の面接に来なかった子に対しても頭ごなし怒ることはしません。「どうしたの? 何があったの?」とやさしく聞いて心を解きほぐした上で、今度は一緒に行こうかと語りかける。すると次の面接に行くことができる。それで一度面接をすっぽかしてしまった企業に就職して、今でも真面目に働いている子がいるんですよ。採用していただいた企業には感謝の気持ちでいっぱいです。

就職後も支援を継続

──先生やスクールキャリアカウンセラーがそこまでするとは正直驚きです。

 経済的に困窮していて、子どもに対して十分に手をかけてあげられない家庭が多いんですよ。うちの生徒たちを見てると勉強しなくても、よく今日も学校に来てくれたねという気持ちになる。そのくらい厳しい家庭環境にいる子どももいるんですよ。

 だから、可能な限り私たち教員が生徒と関わり、生徒がどんなに嫌だと言っても、今日も来いよ、約束だぞ、なんて言いながらキャリアカウンセリングをやってきました。そう言い続けると生徒もうれしく思うんでしょうか、ちゃんと来るようになりますからね。

 通常の高校の場合、就職支援は3年生の10月くらいで終わりですが、うちでは終わりにせずに、卒業式を終えてもやっていますし、就職してからもいろんな支援を行っています。やっぱり心配ですからね。高卒で就職した子の3年以内の離職率が40%くらいなんですね。昨今のグローバル化でこれだけ雇用環境が激変している中で、昔みたいに「卒業おめでとう」で全部終わりにはできない。その後も一緒に考えてあげないといけない。

 だから就職後の定着支援も絶対に必要なんです。そういう意味でも継続的な伴走型支援が大事。ただ我々教員は授業があるからなかなか職場まで行けないし、支援もうまくできないだろうから、スクールキャリアカウンセラーに卒業生の職場定着の支援をしてもらっているんです。これは1日でも長く仕事を続けるためにはとても有効です。

何より生徒の幸せを願う

──活動のモチベーションは?

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 根底にあるのは、とにかく生徒が卒業後、社会に出て自立して生きていけるように、社会的な排除に落ち込まないように、円滑に社会と結びついていてほしいという思いです。

 教師としては関わったすべての生徒に幸せになってほしいわけですよ。君たちはこれまでこんなに苦労してきたんだからもう苦労はしなくていいんだよ、これからは幸せになっていいんだよと。社会に出たら仕事をしてお金を稼いで好きなように使って楽しんで、そのうちいい人と出会って結婚して幸せな家庭を築いてね。そして自分が味わったつらいことは子どもには味わわせない。そんな大人になっていければいいよね、というのが偽らざる本音です。これは私だけじゃなくてすべての教員が願っていることだと思いますよ。

──そういう先生の気持ちは、生徒たちにとってもうれしいでしょうね。

 確かに私たちの気持ちが伝わると、大人に対する信頼感が生まれると思います。この信頼感が何よりも大事なんです。信頼感がなければ我々の提案やお願いも生徒の心に入らないのでカウセリングなんて絶対にできません。だから生徒の心に信頼感が芽生えるように担任や部活の顧問などいろんな学校職員が生徒といろいろな関係性を作って3年生になるまで育てる。そして最後のところで、キャリア支援で社会につなげていく。それが私がやってる仕事なんです。

──キャリア支援の成果は?

 就職率は11年には15%だったのが、15年には47%にまで目に見えて上昇しました。実数で言うと、11年は30人くらいしか内定が取れなかったのですが、今は100人くらい取れています。卒業時の進路未決定者も36%から17%に減りました。

フェアスタートの支援に感謝

──フェアスタートへの評価は?

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 おかげさまで今年2名の生徒の就職が決まりました。本校では就職斡旋が困難な生徒だっただけに、本当にご支援いただいて助かりました。2人とも本人がやりたいと希望していた仕事なので今後も頑張って働いて自立してくれるでしょう。この子たちは田奈校に入ってフェアスタートに出会わなければ人生がどうなっていたかわからないくらいですよ。生徒自身もよく頑張って卒業したのですが、支えてくれる大人がたくさんいるおかげですね。とても難しい生徒を就職させるノウハウを持ってるのがフェアスタートさんの一番のメリットであり、他の団体にはない強みです。それを一番魅力に感じているところなので、代表の永岡さんには今後もどんどんCSR意識、社会貢献意識の高い企業、生徒の個人情報のやり取りをしても間違いのない企業を開拓していただいて、ぜひ一人でも多くの生徒を社会に繋げていただきたいですね。

──一般の方へ伝えたいことは?

 メディアで貧困家庭の増加が叫ばれていますが、親が子どもの面倒を見ることができるという家庭はどんどん減少しています。そんな中で、いつまでも家族型の福祉を続けていても子どもは救えません。今はまだまだですが、今後、こういう事実を前提にした福祉施策が打たれてくるでしょう。そのとき、一般の方々には興味や関心をもって関わっていただきたいですね。そして、世の中で困窮している若者たちが就職という形で社会的自立のチャンスを求めて来た時、受け止めて育てるというマインドをもって長い目で見守ってほしいなと思います。

あきらめずに希望をもち続ける

──苦しい環境にいる若者たちへのメッセージをお願いします。

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「絶対にあきらめるなよ。希望をもちなさい」。このひと言に尽きますね。どんなに大変でつらくても希望を捨てないでとにかく一歩一歩進んでいけば絶対に幸せはつかめる。だから希望を捨てずに頑張ってほしいですね。




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※この記事は「NPO法人 フェアスタートサポート」発行の『エール』第5号に書いた記事をNPO法人フェアスタートサポート、金澤先生など関係者のみなさんの許可を得て転載しているものです。ありがとうございます。

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※情報誌はフェアスタートの賛助会員になれば手にすることができるので、児童養護施設等出身の若者を支援しているフェアスタートを支援したいというお気持ちのある方はぜひ。

※原稿料はNPO法人フェアスタートサポートや同号で取材させていただいた方・団体に寄付しています。

※エールに記事を書くことになった経緯はこちら


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