一筆入魂

フリーライター/編集者 山下久猛のブログ

2019
10/30
仕事人インタビュー

【エール vol.9】児童養護施設出身の若者×就職先企業の経営者

前回に引き続き、先日発行された、「フェアスタート」発行の情報誌『エール』第9号で執筆・撮影した記事を、関係者の許可の得て転載します。

今回は児童養護施設出身の若者と彼女を採用した企業の経営者との対談記事をお送りします。

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退職の危機を乗り越え
前向きに頑張ってます!

フェアスタートを通じてエステサロンに就職したM.Sさんと雇用主の佐々木純子さんに採用に至った経緯や、仕事のこと、今後の夢などを語り合っていただきました。

【プロフィール】
受入先企業:佐々木 純子さん
RHB東戸塚を運営する株式会社ビードッツ代表取締役。神奈川県中小企業家同友会所属。雇用主、母親代わりとしてM.Sさんを公私共に支えている。

若者:M.Sさん
児童養護施設聖母愛児園出身。高校卒業後、東戸塚にあるエステサロン「RHB東戸塚」に就職。2019年4月から4年目に突入。店長を目指して奮闘中。


フェアスタートとの出会い

―― フェアスタートとの出会いは?

M.Sさん 中学2年生の時にフェアスタートが主催する就職体験ツアーに参加したのが最初の出会いです。その後、高校生になって、卒業後の進路について、施設の職員とフェアスタート代表の永岡さんに相談しました。当時は保育士になりたかったので、保育の専門学校に進学するか、一般企業に就職するかで悩んでいました。もし専門学校に入学するとなると学費でお金がかかるので、寮に入るしかありません。でも小学5年生から高校3年生まで8年間集団生活をしたことでストレスがたまっていたので、卒業したら絶対に一人暮らしをしたいと思っていました。そのためにアルバイトをしてお金も貯めていて、ギリギリまで悩んだのですが、一人暮らしをしたいという気持ちの方が勝って、高校3年生の12月に就職の方を選んだんです。それで永岡さんに改めて相談したところ、「Mちゃんに合いそうな会社があるよ」と紹介してくれたのが今働いているエステサロンなんです。

佐々木純子さん(以下、佐々木) そもそも永岡さんとは同じ神奈川県中小企業家同友会の仲間でした。当社でスタッフを採用したいとなった時に、知り合いの社長からどうせ採用するなら永岡さんに相談すればいいんじゃないかと勧められたんです。でも正直言うと、最初は児童養護施設出身の子を雇用することに不安を感じました。でも実際に彼女に会ったらすごくいい子で安心しました。

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佐々木さん

―― 採用に至った経緯は?

M.S 12月下旬に永岡さんと2人でこのエステサロンに来て、社長の佐々木さんと3人で軽く話をしました。最初は就職に関しては恐いイメージしかなかったのですが、このサロンの雰囲気がすごくよくて、社長も優しく出迎えてくれていろいろ話を聞いてくれました。だから初回からすごくいい印象でした。

佐々木 初対面の時、全然物怖じしなくてよく喋るから、この子はコミュニケーション能力が高いなと感じました。人相もよかったし、直感でこの子を採用したいと思いました。

M.S 後日、1人で履歴書を持っていわゆる面接みたいな感じで社長と話したんですが、まだ2回しか会ってないのに私のことをよくわかってくれてるなと感じました。接客やマッサージも好きだったので、エステの仕事をやってみたいと思ったことに加え、お店の雰囲気と社長の人柄に惹かれて、ここで働いてみたい、ここならやっていけるかなと思って、入社を決めたんです。

―― 現在の仕事内容は?

M.S エステティシャンとして、主に接客とアロマオイルを使ったフェイシャルトリートメントやボディトリートメントを行っています。また、お客様から悩みを聞いて、きれいになるためのアドバイスもします。朝9時から業務開始で、多い時で1日に5人施術することもあります。基本は18時で終業ですが、夜にお客様の予約が入っている時は21時くらいになることもあります。

慣れてきたけど課題もある

―― 今4年目ということですが、働いてみての感想は?

M.S 入って間もない頃はわからないことだらけで、誰に何を聞いたらいいのかすらわからなくてつらかったです。お客様も私より歳が10も20も上で、お母さんと同じ世代の方もいるので、緊張しちゃって全く喋れなくて、大変でした。半年くらいはそんな状態でしたね。

佐々木 そうだったの? お客様にめちゃめちゃかわいがってもらってたじゃん。

M.S そのおかげで少しずつ話せるようになったんです。その後は社長がつきっきりで指導してくださったり、先輩もフォローしてくださったので少しずつ慣れて、仕事も覚えることができました。ただ、今は慣れたぶん、気持ちが緩んでいるのをすごく感じています。社長にも「やる気ないんでしょ」って泣くまで言われます。社長の熱い想いが心に染みて、つい泣いちゃうんですよ(笑)。だから今は入社当初の気持ちに立ち返って、気を引き締め直さなければいけないと思っているところです。

採用してよかった

―― 佐々木さんから見たM.Sさんの印象は?

佐々木 1年目はとにかく仕事を一生懸命やろうと伝え続けました。彼女を中心に彼女の先輩含めいろんな教育をしたことや、彼女が入社したことで、元いるスタッフも人に対する思いやりや先輩という自覚をもってくれるようになりました。高卒で入った彼女が頑張ってる姿を見て、先輩社員が泣き言を言わなくなったんです。いいチームになったので、彼女を採用してよかったと思っています。

また、彼女は人当たりがいいからお客様にものすごくかわいがられるんです。頑張ってる子が好きなVIPのお客様につけて、とにかく一生懸命やりなさいって伝えてそのとおり頑張っていたら、たまにしか来なかったVIPが定期的に通うようになったんです。それはすごいことなので、彼女に何度も言ったけど、当時の本人はピンと来てなかったみたいで。

M.S 今はわかります(笑)。

佐々木 女の人はすぐ飽きるからお店に来なくなるんですが、それを自分自身の魅力で来てもらうようにしなきゃいけないんです。だから私はエステは技術屋じゃなくて究極の接客業だと思っているんです。エステティシャンにとって一番重要なのは自分自身の心を磨くことなんです。そうすることによって、お客様に選んでもらって、お客様をきれいにすることで、ありがとうと言ってもらえる。それを繰り返していくと、自分自身にもどんどんいいことが返って来る。この仕事は毎日徳を積むことができる素晴らしい仕事なんだよ、ってよく彼女には言ってるんです。どこまでわかっているのかはわかりませんけどね(笑)。

―― 仕事の魅力ややりがいは?

M.S エステは女性をきれいにして幸せにするお仕事なので、お客様がいらっしゃるたびにどんどんきれいになっていく姿を見ているとうれしくなります。でも一番やりがいを感じるのはお客様から感謝の言葉をいただくことですね。「あなたのおかげで楽になった、きれいになった、ありがとう」って言ってもらえた時はすごく感動して、そのために頑張ろうと思えるんです。

本気で退職を考えたことも...

―― 逆につらいことは?

M.S 実はつらすぎて辞めようと思ったこともあるんですよ。今思えば本当にくだらないのですが、去年の12月頃、当時付き合っていた恋人と別れたことですごく精神的に落ち込んで、何もかもが嫌になって仕事もまともにできなくなっちゃったんです。そんな状態だから当然社長からいろいろ注意されたんですが、それにも反抗したりして。もうどうしようもなくつらくなったので、永岡さんに辞めたいと相談したら「僕から佐々木さんに話してあげる」って言ってもらって一緒に社長と話したんです。

佐々木 あの時は大バトルだったよね(笑)。彼女には「辞めたいなら辞めてもいいよ」と正直に言いました。「でもそんなことも乗り越えられないままこのお店を辞めたら、この先何をやっても中途半端で終わっちゃうよ」とも言いました。せっかくここまでお客様に愛されてるのに辞めるなんてもったいないという思いもあったし、彼女にはつらいことを乗り越えて、輝いてほしいと思っているので厳しいことも言いました。
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M.S あの時、社長がいろいろ厳しく言ってくださったのは本当にありがたかったです。「ただの自分のわがままでちゃんと仕事に向き合わず、売上目標も達成できていないし、ただここに来てお金をもらってるだけだよね。アルバイトと同じだよね」って言われて、確かにその通りだと思うと同時に、すごく悔しかったんです。社長からいっぱい時間かけて散々指導してもらったのに、全然聞いてなかったときもありました。正直「ムカつくし、何なの? 所詮は他人事じゃん」って思ったり、実際に顔に出したり泣いたりしたこともありました。そんな時でも社長は私と正面から向き合って、全部の思いを受け止めて、なおかつ優しい言葉でごまかさず、何でもズバズバ言ってくれました。でもそれは本当に私のことを心配してくれているからこそで、いっぱい情熱と愛を込めて言ってくれるのがすごい伝わってありがたいなと思いました。こんな人って絶対いないと思うんですよ。

佐々木 もうそんなこと言われちゃうと泣いちゃう(笑)。

M.S 特に「あなたはお客様にかわいがってもらってるのに、どうして辞めるなんて言うの?」って言ってもらったことで目が覚めました。それで辞めるのはやめて、頑張ってみようと思ったんです。いろいろ全部思っていることを話して、「私はあなたの味方だよ」って言ってもらった時は私もめちゃめちゃ泣きました。

佐々木 本当に涙出ます。響いてくれてよかった。私は彼氏と別れてモチベーションが落ちたとかくだらない、アホかと思うけど、本人にとっては一大事なんでしょうね。でも大事なのはそこからどう立ち直るかだから。

―― けっこう厳しいですね。

佐々木 彼女のことを考えたら厳しくも接します。例えばお客様からかわいがられたらその分だけ成長してほしいし、お客様にもご恩を返してもらいたい。だからだらけた態度を取っていると「あれだけお客様にかわいがってもらってその対応はないよね、ひどい女だね」とはっきり言います。お客様から喜ばれたことを忘れてやらなくても、心を磨いていないようなことをしてもめちゃくちゃ怒ります。

M.S そうですね(笑)。でも、厳しいけど、励ましてもくれるんですよ。だから頑張ろうと思えるんです。だから今の私があるんです。

友達もお店に来る

―― 現在の児童養護施設の子の印象は?

佐々木 私は実際に彼女が暮らしていた児童養護施設に行って子どもと接したこともあるんですが、みんな明るいんだけどどこかに陰があると感じたこともあります。でもその陰を日なたにしたいと思います。彼女と同じ施設出身の友達もよくエステに来てくれるんですが、顔つきが明るく変わったと思う子もいるんです。だから関わる人が大事なんだなと思いますね。彼女もよく「今日、友達がお店に来るから会って」と言ってくるんです。来た友達と一緒に話すんですが、そういう関わりがすごくうれしいんです。

M.S 友達に社長のことをよく話すんですが、私もそんな社長に会いたいと言うので連れてくるんです。

佐々木 ほんと? うれしい!

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ポジティブな気持ちで生きていける

―― 児童養護施設で生活している後輩へのメッセージをお願いします。

M.S 施設には「どうせ自分はこうだから」っていう自己肯定感の低い子が多いんです。たぶん、そこが社長の言う「陰」だと思います。私は今のエステサロンに入って、社長から「ネガティブなことを思うとどんどん下に落ちていく」ということを教えていただいたから、今こうやって明るい気持ちで働けています。だから施設の子には社会に出て、ポジティブな気持ちで働けるということを伝えてあげたいですね。

―― 施設から出る子に対する望ましい就労支援は?

佐々木 社会に出た後のことをよく知らないまま施設から卒業する子も多いと思うので、小・中学生のうちから施設を出た後の夢を描けるような時間をもてればいいと思います。施設にいる間はみんなが守ってくれますが、そこから出た後、成長するためには自分で考えて行動しなければなりません。いろいろと大変なことがあるでしょうが、それを乗り越えて成長してほしい。仕事をして輝いて、もっと誇れる自分になってほしい。そのために、私達中小企業の経営者たちも学校や施設に行って、子どもたちに仕事の話や夢の話をしたいと思っているんです。

―― 今後の目標・将来の夢は?

M.S 店長になることです。言葉遣いや接客など基礎的な部分をもう一度見直して、パズルのピースを埋めていくように一つひとつ足りない部分を埋めていって、できないことをなくすのが目標です。

佐々木 技術的な面ではまだまだだけど、経験を重ねた分だけうまくなるのでどんどん頑張ってほしいですね。でも技術はできて当たり前なので、お客様に対するキメの細かい対応をもっとできるようになってほしいです。彼女はいい雰囲気を作るのがすごく上手だからそこを伸ばしてほしい。いろいろあったけど、少しずつでもよく変わってきたということは実感してるので、この状態で頑張り続けていけばもっと上に行けると思ってます。期待してるよ!

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フェアスタートとは、児童養護施設等の入所者・退所者を専門に就労支援を行っている会社で、『エール』とは施設を巣立った若者たちの生き様や、彼ら・彼女らを支援する人々の取り組みを紹介している冊子です。

フェアスタートでは賛助会員を募集中です。賛助会員になると『エール』が送付されるなど、いろいろな特典があります。児童養護施設等出身の若者を支援したいというお気持ちのある方はぜひよろしくお願いします。


(今回も原稿・撮影料はフェアスタートや取材させていただいた若者に謝礼として進呈いたしました)


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