子どもの自立のためには
生きる意欲を育むことが
最も重要なのです
児童福祉施設を退所した後、子どもたちが社会の中で生きていくのは容易なことではない。そこで自立援助ホーム・湘南つばさの家のホーム長で、20年以上、社会的養護を必要とする子どもたちの自立支援に携わってきた前川礼彦さんに、自立とは何か、そのために必要なことを語っていただいた。
自立にもさまざまな形がある
――前川さんが考える「子どもの自立」とは何でしょう。
これまで自立援助ホームの仕事に携わってきた中で、子どもの自立とは何か、援助とは何かということを考え続けてきました。「自立」とひと言で言っても、さまざまな形があります。例えば自分の生活費を自分で稼げるなど経済的に安定していたら自立なのか、何事も自分だけで考え、決断し、行動できれば自立なのか、あるいは、結婚して子どもをもち、家庭を維持できていれば自立なのか。
その答えを探るために、当時あった全国すべての自立援助ホームを訪ね歩き、私なりの答えを見つけました。本当に必要な自立とは、先ほどお話した経済的、精神的、社会的な自立よりもっと根本的なところにあると思うんです。つまり生きる上で、つらく苦しい状況に置かれたとき、自身の存在意義を問うほど追い詰められることがあります。自分は生まれてこなければよかった、自分はいらない存在だ、もうこれ以上生きていたくないと考えてしまうこともある。そんなときでも心の奥底からふつふつと生きていこうとする意欲が湧いてきて、今日を生きることが出来るなら......。すなわち「自立」とは「生きる意欲」であり、その子どもたちの生きる意欲を育んでいくことが私たちがするべきことだと思うのです。
ちなみにこの「育む」という言葉はそもそもは「羽包む」と書きます。つまり親鳥がひなを自分の羽根に包むように育んでいくことで彼らは生きる意欲を得て、社会へと巣立って行ける。私は「飛び立つこと」よりもその前段階の「はぐくむこと」を重視しています。それができたら彼らは自然と巣立っていけますからね。
変わらずそこにいる存在に
――子どもの生きる意欲を育むために前川さんが取り組んでいることはなんでしょう。
子どもの生きる意欲を育むために一番大事なのは人の存在です。つらく苦しい時でも心の中に支えとなる人がいれば、その人のことを思い浮かべて頑張ろうと思ったり、この人が昔こういうことを言ってくれたなと思い出したりする。こんな自分でも認めてくれる人がいる。生きていていいんだと僅かでも生きる意欲が湧いてくる。誰かの存在が心の中で生きている。私はそういったことを大切にしたい。そして自立援助ホームを出て、何年経っても、どこで何をしていようとも、彼らがいつでも帰って来られるような存在でありたい。彼らと一緒にここで暮らし、彼らがここを巣立って行っても、私はここにいるという生き方を選んだのです。
児童養護施設では、よく卒園式とか卒園生といいますが、生活の場や家庭に「卒業」も「終わり」もありません。
一般的な家庭の場合、家を出て一人暮らしをしたり本人が結婚して家庭をもったりしても、当然ながらそこで関係が途切れるわけではないですね。特に何もなくても連絡を取り合ったり、年に何回かは帰省したりするでしょう。また、実家にいるときは事あるごとにケンカをしていても親元を離れて初めて親のありがたみがわかったり、人生に行き詰まったときに思い浮かべるのは母や父の顔かもしれない。
それと同じように、児童養護施設や自立援助ホームを出てもそこで関係は終わりではない、むしろ出てからが本当のつながりだよということを彼らには伝えています。
かかわった以上、一生、かかわる
――なるほど。つばさの家を彼らの実家にしているというわけですね。
そうありたいと思っています。現在、ひとりだけ連絡がつかなくなってしまった子がいますが、それ以外の子たちとはやりとりしています。子どもがこの家を出てアパートを借りる際、私が保証人になっていますが、近辺で暮らしている子はよくうちに呼んでごはんを食べたり、遠くで暮らす子には元気でやってるかと随時連絡をしたり、食べ物を入れた小包を送ったりしています。
施設を出てからが本当のつながり
――これから自立する子どもたちへ伝えたいことは?
人生は児童養護施設や自立援助ホームの中だけにあるのではなく、そこから出た後に始まるということを伝えたいですね。
施設を出た後、社会の荒波の中でどう生きていくか。それこそが彼らが生きていく上で本当に大事なことなのですが、彼らにとって施設を出るということは、暗闇の中、断崖絶壁に立たされているようなものです。先が見えず、モデルとなる人もおらず、これからどう生きていけばいいのかわかりません。そんな中でもとにかく18歳になったんだから頑張りなさいと社会に押し出される。それでも彼らは必死に生きている。
何もわからない中では当然失敗もたくさんするでしょう。でも人間なんて大人になってもうまくいかないこともあるし失敗することもたくさんありますよね。失敗したときは、その理由や立て直す方法を学ぶ最大のチャンスなんだから、どんどん失敗して、失敗したときは相談に来るようにと伝えています。うちに帰ってきたくなったらいつでも帰ってきていいし、困ったら解決方法を一緒に考える。
相談してくる子はいいのですが、中には相談できない子もいます。施設の職員にダメな自分を見せたくない、あるいは心配をかけたくないと思い、失敗したときに相談もできず、次第につながりが切れ、ますますよくない方向へと落ちて行くという悪循環に陥ってしまうケースもあります。だからこちらから「元気かい?君のことを忘れてないよ」と連絡をする必要があるのです。
やさしさの連鎖を生み出す
彼らのことを応援したいと思っているのは、私たち児童福祉業界の人間だけではなく、一般の大人たちの中にも大勢います。親に虐待を受けた子どもも多いけど、社会にはそうじゃない大人もいるんだと彼らに実感としてわかってほしい。
つばさの家ではさまざまな支援者の方から頂いた物を彼らに見せています。するとそういう大人もいるんだな、世の中捨てたもんじゃないなと感じていくかもしれない。
このような、自分が苦しかったときに多くの人に応援してもらえたという体験を踏まえ、いつしか彼らが大人になって余裕ができたとき後輩たちに何かしてあげたいと思ってくれれば理想的です。虐待の連鎖ではなく、やさしさの連鎖を生み出し、続いていくようにするのが私たちの役割だと思っています。
子どもたちとともに生きていく
――前川さんを突き動かす思いは?
新宿の自立援助ホームで働いていた期間に、残念ながら自殺をしてしまった子ども達がいます。彼ら自身には何の責任もないのに、家族の支えがないことや、否定された体験から生まれる存在の漠然たる不安感。自信をなくし、限られた選択肢の中で生きるしかない。それで最終的に思い詰まって命を自ら断ってしまうのはあまりにも無念でなりません。
だからそんな生きづらさを抱えている彼らとともにずっと生きていきたいという思いだけですね。
退所後の支援が重要
――児童福祉業界で働く大人に伝えたいこと、考えてもらいたいことは?
現在、施設退所後の支援(アフターケア)の必要性が高まっていますが、その支援方法、ネットワークなどは体系付けられていません。そして18歳、延長しても20歳を超えると、彼らを支える制度、社会資源はほとんどなくなってしまいます。加えて生まれて初めての一人暮らしに直面する彼らに対し、施設退所後の一定期間を丁寧に支える「地域生活移行支援」や「地域生活継続支援」などが仕組みとして必要になってきます。
幼少時に傷つき、愛情ある養育を受けられなかった体験を持つ彼らが、十代で支援が完結し自己責任が問われてしまうのは、あまりに社会が冷たい。人生の窮地を下支えするのが福祉であり、本来年齢は問わないものですが、せめて20代前半の「青年期」を支える制度の確立が急務ではないかと思うのです。
もちろん、職員の方も施設を出た子に幸せになってほしいと願っているし、彼らのことをすごく心配しているけれど、施設の中の子たちのケアで手一杯というのが現実です。
ですからとにかくできることを具体的にやっていこうと思い、ここ数年、神奈川県内の児童養護施設職員の有志たちとアフターケアの勉強会を立ち上げて、支援のネットワークやノウハウ、仕組みづくりの研究・活動に取り組んでいます。
また、今年度より神奈川県から委託を受けて、施設を出た子たちのためのアフターケアの相談所「あすなろサポートステーション」を設立して運営しています。
無関係ではない
――一般の方へ訴えたいメッセージをお願いします。
まずは施設の現状、制度の現状をもっと我々が発信していかなければならないと思っています。そして当然ですが人は支え合わないと生きていけません。彼らの過酷な状況は大人である我々が作っているわけだから無関係ではなく、自分には関係ないと思う気持ちが子どもたちをますます生きづらくしています。何らかの事情で彼らが家庭で暮らせないのなら、社会が彼らを育てればいい。彼らとともに生きていこうという気持ちを一人でも多くの大人にもってもらいたいですね。
【プロフィール】
前川礼彦
(まえかわ・あやひこ)
1973年生まれ。新宿の自立援助ホーム青少年福祉センター新宿寮に11年勤務した後、生まれ育った神奈川で自立援助ホーム「湘南つばさの家」を設立。現在は5人の少年たちと寝食をともにし、彼らの自立支援に携わっている。
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