一筆入魂

フリーライター/編集者 山下久猛のブログ

2015
04/04
日記 仕事人インタビュー

【エール vol.3】魂のボクサー・坂本博之さんインタビュー

元プロボクサー 坂本博之さんインタビュー
今を熱く生きろ!
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全国の児童養護施設を周り、子どもたちと熱いセッションを繰り広げている元プロボクサーがいる。その名は坂本博之。自身も幼少期を児童養護施設で過ごした坂本氏に、今、子どもたちに伝えたいことを熱く語ってもらった。

幼少期を児童養護施設で暮らす

――坂本さんは幼少期に児童養護施設で暮らしていたそうですが、その頃はどんな生活をしてどんなことを考えていたのですか? 

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 そもそもは、僕が生まれてすぐに両親が離婚して、1年半ほど福岡の乳児院で育てられました。3歳に上がる年に誠慈学園という児童養護施設に入って1年間暮らした後、弟と一緒に母親に引き取られ、1年間暮らしました。その後小学校2年生に上がるときに遠い親戚の家に預けられたのですが、その家で僕ら兄弟はひどい虐待を受けました。おじさんから毎日のように嫌というほどぶん殴られて、もうこのまま死んじゃうんだと思ったこともありました。
 ご飯もたまにしか食べさせてもらえなかったので、学校の給食を残して持ち帰って夕食にしてました。土日は学校がないから近くの川に行って魚やザリガニ、トカゲなどをつかまえて食べてました。あまりにも空腹状態が続くと食べたものを胃が受け付けなくなってしまうので、よく学校で吐いたりしてました。大人に対する不信感みたいなものをかなり強く感じるようになって、子どもの頃は他人に心が開けなかったですね。
 でも小学校2年生のときに和白青松園という児童養護施設に入園したことで救われました。ちゃんと三度のご飯も食べさせてくれたし、温かい布団でぐっすり眠ることができたし、職員の先生や僕らと同様にいろんな事情で親と暮らせない子どもたちとも仲良くなったので、ようやく安心・安全な生活ができるようになったんです。

ボクサーになるきっかけ

 ボクサーになりたいと思ったのもこの頃です。ある日の夕食の時間、食堂のテレビで見たボクシングの試合に釘付けになりました。まばゆいライトに照らされて戦うボクサーがとても華やかに見えたんです。気持ちがわーっとヒートアップして、「僕がやりたいのはこれだ!」みたいな。そのときにボクサーになってやるって強く思ったんですよね。
 でもこういう夢を持てたのも、施設での安心・安全な暮らしがあったからこそだと思います。もし和白青松園に入る前のどん底の暮らしの中だったらボクシングの試合を見てもボクサーになりたいだなんて思っていなかったでしょうね。だから僕がボクサーになれたのも和白青松園のおかげなんです。

SRSボクシングセッション

――坂本さんは現役時代から児童養護施設の支援を行っていますが、現在の活動について教えてください。
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会長を務めるSRSボクシングジムで練習生の指導にあたる坂本さん

 ボクシングのミットとグローブ、そしてお菓子を持って全国の児童養護施設を周り、子どもたちと触れ合う「SRSボクシングセッション」という活動を行っています。といっても、子どもたちにボクシングの技術を教えているわけではありません。
 現在、児童養護施設は全国に600カ所ほどあり、そこで小学生から高校生まで約3万人の子どもたちが生活しています。そのうちの7割近い子どもたちが親などから虐待を受けています。
 その子どもたちにグローブをつけて、僕のミットにパンチを打ち込んでもらいます。そのとき、これまで生きてきた人生の中で一番うれしかったこと、一番悲しかったこと、一番頭にきたことを思い出して、その想いを拳に乗せてこのミットめがけて思いっきり打ち込んでこいと言うのですが、子どもたちはすごい形相で打ってきますよ。
 うれしかったことを思い出している子は満面の笑みで打ってきますし、一方、怒りを思い出している子はすごい形相で歯を食いしばって打ってきます。悲しみを思い出している子は泣きながら打ってくる子もいます。
 そういった心の奥底に溜め続けた怒りや恨み、悲しみの感情を、パンチを思いっきり打つことで吐き出させ、少しでも心を楽にさせるということが目的のひとつ。もうひとつは、その感情をミットで受け止めることによって、「確かにおまえたちのことを傷つけたのは大人たちかもしれない。でも傷ついた気持ちを受け止められるのも俺たち大人なんだ。おまえたちはひとりじゃないんだ」ということを子どもたちに伝えたい。それがこの活動のメインの目的なんです。
 体験した子どもたちからは「思いっきりミットを叩いて気分が晴れた」「やってよかった」という声がたくさん寄せられています。
 また、ミット打ちの他に、子どもたちにいろいろな話をしています。

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SRSボクシングセッションを行った児童養護施設の子どもたちから続々と感謝の言葉や手作りのメッセージボードが送られてきている


自立をテーマに

――どんな話をするのですか?

 
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主なテーマは自立についてです。いずれはみんな施設を出て社会の中で自立をしなければなりません。そのためにはまず仕事をもって経済的基盤を確立する必要があります。確かにお金も何もない中で社会に出てひとりで頑張るのはたいへんです。でも夢をかなえる準備は今からでもできるはずなんですよ。勉強するにしてもお金がなくて参考書が買えないからといってあきらめる必要はない。図書館に行けばいくらでもあるし、自分でオリジナルの参考書を作ることだってできる。そうやって夢に一歩ずつ近づいていけばいい。
 僕も施設を出てボクシングジムに通い始めましたが、月謝を稼ぐためにアルバイトをしたり、筋トレをしたくても鉄アレイを買うお金がないから重い石でトレーニングしたりと、さまざまな工夫をしました。お金がないからといってあきらめるのではなく、ないならないなりのことをやろうよと。
 ただ待っているだけでは誰も手助けしてくれません。でも本人が一所懸命頑張っていれば応援してくれる人は必ず現れるんです。僕もそうでした。

――やりたいことが見つからないという子はどうすればいいのでしょうか。

 人の集まるところに行きなさいと言っています。人の集まるところには情報が集まります。いろんな人との会話の中からヒントが見つかることもあります。わからなければ先生やいろんな大人に聞けばいい。待っているだけでは何も見つかりません。とにかく行動することで見えてくるものはあるんです。

身元引受人にも

 地方の施設から東京に出て来たいという子どもには、取りあえず僕のところに来いと言っています。
 ボクサーになりたいという子はうちのジムで面倒を見ます。実際、今、僕が経営しているSRSボクシングジムには錨吉人と若松一幸という鹿児島の児童養護施設出身のプロボクサーが2名います。彼らが施設を出てボクサーになりたいというので、僕が身元引受人になりました。
 プロボクサーの試験を受けるためには、未成年の場合は親の承諾書が必要なので、僕が保護者代わりになったのです。今2人ともチャンピオンを目指して毎日僕のジムで汗を流しています。
 ボクサーになりたいという子ども以外でも、うちのジムに来た子には仕事や人を紹介したり、相談相手になったりと彼らが自立できるためにできる限りのことをしています。

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愛弟子のプロボクサー錨吉人さんと


――そこまで坂本さんを駆り立てるのはどういった思いなのでしょうか。

 やっぱり僕自身が児童養護施設出身だということが大きいですね。だからこそわかることも多い。例えば、親と離れて暮らす子どもたちは親に甘えたい時期に甘えられない、相談したくてもできない。孤独感や寂寥感など、いろいろな想いを抱えています。
 僕は施設を出てからボクシングを通していろいろな人から愛情をもらい、ひとりじゃないということを知りました。また、最終的な目標である世界チャンピオンには届きませんでしたが、夢に向かって一所懸命に頑張れば、学ぶことや得るものはとても多い。こういうことを子どもたちに伝えたくてこのような活動を行っているのです。

とにかく生きろ

――坂本さんはこれまでつらいことや苦しいこともたくさんあったと思いますが、どのように対処してきたのですか?

 確かに僕自身もこれまで絶望のどん底に突き落とされたようなつらい出来事がありました。ただ、そんな中でも生きることをあきらめなければ、いつか必ず前に進んで行けるんです。
 だから今、つらいことや苦しいことを抱えている子どもにはただ生きろと言いたい。忘れたいと思うようなつらい出来事が起こる前の自分はどういう生活を送っていたのかを思い出してほしい。少しずつ日常生活を取り戻していくことによって前に進んでいけるから。

熱をもって接すれば熱をもって返ってくる

――児童養護施設にいる子どもたちにエールをお願いします。 

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 ひとことで言うと「今を熱く生きろ」ですね。何かをやろうと思ったら明日からじゃなくて今なんだと。でもこれを言うと子どもたちに笑われるんですよね。なんで? と聞いたら、ある予備校の先生のキメセリフでここ最近流行っているんだと。ほとんどテレビを見ないので知らなかったのですが、僕は20年前以上から言ってるんですけどね(笑)。
 もうひとつは「熱をもって接すれば熱をもって返ってくる」。
 夢や目標に向かって一所懸命取り組んだことは、たとえ最終的にはそれが叶わなくても、何かは得るものがある。多くの人は見返りを求めるけど、そんなことは気にせず熱をもって接すればいつか必ず自分に返ってくる。それを明日からじゃなくて今からやってほしいですね。そうすれば必ず道は開けますから。



【プロフィール】
坂本博之(さかもと・ひろゆき)
1970年福岡県生まれ。日本ライト級チャンピオン、東洋太平洋チャンピオンに輝いた元プロボクサー。幼少時代を過ごした児童養護施設でボクシングのテレビ中継を見て、プロボクサーを目指す。現役時代は「平成のKOキング」と呼ばれ、どんなに打たれても前に出て、力で相手をねじ伏せるボクシングスタイルに多くのファンが熱狂した。4度にわたる世界挑戦の敗退、さらに椎間板ヘルニア手術による2年7カ月のブランクを乗り越え、最後の最後まで現役にこだわる。2007年1月に現役引退。現在はSRSボクシングジムの会長としてボクサーを指導する傍ら、全国の児童養護施設を周り、子どもたちの支援活動に尽力している。一女の父でもある。

※この記事は「NPO法人 フェアスタートサポート」発行の『エール』第3号に書いた記事を坂本博之さんはじめ関係者のみなさんの許可を得て転載しているものです。ありがとうございます。

※エールに記事を書くことになった経緯はこちら


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